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糸日谷 晃

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Posted by糸日谷 晃

糸日谷 晃

たまに、どこか知らないところへ出かけてみたくなります。

しばらく前の話ですが、仕事終わりで思いつき、そのまま車で出かけてしまいました。





着いた所は尾道です。

「海が見えるところで寝る」という急遽考えたプランを実行するため、寝る場所を探して、小一時間さまよいました。

結局、理想の場所が見つからず、工場のたくさんあるところに迷い込んでしまいましたが、そこで寝ました。






翌日、日の出を見る予定が、ついつい寝坊。

朝焼けが綺麗でした。

そして、しまなみ海道へ。



途中、各島を訪れ、名所?らしき看板を見かけると、立ち寄ってみたり。

目的も無くふらふらと・・。



海が綺麗で、ついつい浜に立ち寄ってしまったり。

綺麗な花も咲いてました。















大三島では、日本総鎮守と号される大山祇神社に立ち寄りました。 



境内中央には、樹齢約2,600年といわれる巨木があり、

他には、河野通有兜掛けの楠、能因法師雨乞の楠、伊藤博文記念樹など、大小200本余りの楠があります。 

国の天然記念物にも指定されていて、日本最古の原始林社叢の楠群です。




当日知りましたが、国宝に指定されている日本の武具のうち、

およそ8割がここに収蔵されているそうです。(旧国宝制度)



源頼朝、義経・・・  誰もが知っている歴史上の人物が奉納した武具があり、

また、宝物館の奥の部屋は薄暗く、重厚な空気に満ちているようで、

左右に佇む鎧の迫力に、ただただ圧倒されました。



中でも目を惹いたのが、日本で唯一の女性用鎧と言われる「紺糸裾素懸威胴丸」です。

日本のジャンヌダルクといわれる鶴姫が着用したと伝わる鎧で、

その優美な形に、つい見惚れてしまいました。

鶴姫について、、
神社の祭事を司った大祝家の娘です。

大祝家は神職ですが、戦が起きた場合は一族の者を陣代として派遣していて、鶴姫16歳のとき、大内氏の侵攻で兄を亡くすのですが、 代わりに三島水軍を率いて戦い勝利を収めたそうです。
 2年後、再度大内氏の侵攻があり、全力で迎え撃ちますが、鶴姫の右腕で恋人とも言われる越智安成が討死します。
 鶴姫は残存の兵力を集結させて反撃を行い勝利を収めるのですが、この戦の後に兄や恋人を想い、海に身を投げたと伝えられています。




大三島の後は、尾道を散策。







あっちこっち歩き回って、お寺を見るというよりも道を歩くのを楽しむと言った具合でしょうか。

色々な人やものに出会いました。



・・・まだまだ書きたい事は山ほどありますが、

きりがないので、このへんにしておくことにします。





色々な「道」を見ることの出来た貴重な1日となりました。














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